2010-02

プロローグ
このブログは、夫婦問題の研究家であるオカピー博士の自己流ノウハウを公開しています。(汗)  コメントは大歓迎です。皆さんのいろいろな意見を聞かせてください。相互リンクも大歓迎ですのでお気軽にどうぞ。
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オカピー博士の夫婦ゼミナール(第66号)

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        オカピー博士の夫婦ゼミナール(第66号)

                         2009年10月30日発行
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続きです。

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■検査結果を聞き行くと

10月29日の午後12:30病院に着く。

予約を入れて10分位すると、秘書が私たちが待っているところへ来て、タガログ語
で妻と会話をしている。部分的に英語なので何となく理解できる。
まだ最終結果が出ていないので、来週の火曜日に再度来る様にと言っている様だ。
10月31日〜11月2日までフィリピンの休日なのである。

私は少々強い口調で、
「昨日から結果が心配でほとんど寝ていない。何でもいいから、わかっているこ
とだけでも先生から聞きたい。そうでないと私は家に帰れない。」

すると秘書は「検査結果では彼女は癌ではなかったです。」と。

何でそれを、一番最初に言わないのか。

あ〜〜良かった。

ということで、本当に苦悩した2週間でした。

ということで、予定通りに日本食レストランで食べて飲んで祝杯をあげました。
その後、日本人の経営するバーへ行き、遅くまで飲みました。



■今日は母の命日

10月30日の今日は、母の三回忌である。2007年10月30日に74歳で
亡くなった。
2006年の12月29日、検査結果を聞きに母に付き添って病院へ行った。
その時も女医さんだった。肺がんで、しかも末期あり、手術もできないと言う。
私が
「余命はどの位ですか?」と聞くと、
女医さんは少し考えて
「おそらく6ヶ月程度だと思います。」と。
母は、
「もう、それだけしか生きられへんのですね。」
とぼそっと言った。
私は言葉が無かった。
二人で病院から家までの道のりが、とても長く辛く感じた。

もうこんな経験は二度としたくない。
愛する人への宣告より、自分への宣告の方がずっと気が楽だと思う。

そして、その時には、私の離婚と年明けすぐのフィリピン行きが決まっていた。
フィリピンへ旅立つ時に、肺癌末期の母と83歳の父が早朝駅まで見送って
くれた。母の最期は、フィリピンにいたため、立ち会うことさえ出来なかった。

最後まで、親不孝な子供だった私を許してほしい。

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【編集後記】
ご心配をして頂いた皆様、本当にありがとうございました。

昨夜は、良く眠れました。そして、自分が妻を愛していること、妻も私を愛して
いることを強く感じることができた出来事でした。

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オカピー博士の夫婦ゼミナール(第65号)

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        オカピー博士の夫婦ゼミナール(第65号)

                         2009年10月28日発行
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続きです。

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■明日は天国か地獄か?

ようやく、このブログも現在と一致したコメントが書ける段階まで追いついた。

明日11月29日の午後、病理検査の結果が出る。

もし、乳癌であるならば、既にもっと進行しているはずなので、良性であると
いう考えを持っている。

その反面ある不安が頭に浮かぶ。いくら打ち消しても浮かんでしまう。

妻は、半年ほど前から時々胃痛を訴えている。それも空腹時である。若いのに
胃炎かと思っていた。でも、彼女はそれほど神経質ではないし、酒もタバコもや
らない。

そして、最近は背中が痛いと言っている。これも、座っている時間が長いから
だと思っていた。でも、もしかしたら、既に周囲に転移しているのかという考え
が脳裏に浮かんでしまう。

妹の見た幻想も、あほらしいと思いながらも、気になってしまう。

とにかく、明日の検査結果で天国と地獄が決まる。

そして、もし乳癌であることが決定的になると非常にやっかいいである。
既に摘出した部位は、フィリピンで病理検査済みである。そして、手術で
癌細胞が分散した危険性もある。

日本へ緊急帰国して、どんな検査、どんな処置が必要なのか良くわからない。

彼女は、手術を決めた日に日本食レストランで言った。もし、癌であっても、
抗がん剤は使わないと。私の母も、そして知人も、抗がん剤で苦しみ、結局何の
効果も無く亡くなったのを知っているからだ。私も同意見である。

いや、こんなことを書くのは、もう止めよう。縁起が悪い。

明日は、絶対に良い検査結果が聞けるはずだ。

明日の夜は、あの日本食レストランへ行き、祝杯をあげよう。


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【編集後記】
今夜は眠れないかもしれません。

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オカピー博士の夫婦ゼミナール(第64号)

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        オカピー博士の夫婦ゼミナール(第64号)

                         2009年10月27日発行
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続きです。

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■やっと目覚めた妻

担当ナースと会話を終えた女医さんが私にまた話しかけた。
「少し意識が戻っているそうですよ。ただ、まだもうろうとして半分眠ってい
るのです。もう少ししたら、完全に目が覚めますから、もう少し外で待っていて
ください。」
私は
「そうなのですか?それを聞いて少し安心しました。ありがとうございます。」
と大人しく外へ戻る。

10分ほどして、先ほどの女医さんが私を呼び、
「今、奥さんと話をしてきました。ご主人が大変心配していることを伝えまし
た。もう心配ないですから、もう少し待っていてください。」
と笑顔で私の腕をさする。とっても、心の温かいドクターだと感じる。

16時少し前に先ほどのナースに呼ばれて、妻の靴と衣服を渡されて回復室に
入ったところにあるイスで待つように言われる。そこから回復室のベッドがいく
つも見える。

「何だ、回復室の中に一般の人も入れるではないか。」

数分で病院の着衣を着た妻がナースに支えられてゆっくり歩いてきました。
ほっとした瞬間、やっと生きた心地がしました。

妻の母は、自動ドアの中で私が声を荒げて言い合っているので、何が起きてい
るのか非常に不安だったとのこと。妻の母は、簡単な英語しかわかりませんので。

その後、病院内の薬局へ行き薬を買う。抗生剤のアモキシリンと痛み止めの
2種類である。随分と薬が少ないのに少々驚く。日本ならば、5〜6種類はでる
だろう。

9時半に来て5時すぎに病院を後にしたので、8時間弱も病院にいたことになる。
お尻も固いイスだったため痛い。とにかく 長〜い 長〜い 1日であった。

この手術自体は成功だろうか?

妻を後部座席に乗せて、いつもよりもかなりゆっくりのスピードで帰った。

そして、病理検査の結果は、10月29日木曜日である。あと7日間もこの不安
を持ち続けるのかと思うと、少し憂鬱になる。

帰宅後の翌日、患部のガーゼを変えようということになった。でも、病院から
何ももらっていない。夜遅くに、薬局へ滅菌ガーゼとテープを買いに行った。患
部のガーゼを取ると、乳首の周囲に5センチ位の手術跡がある。血が滲んでおり、
テープも張ってあるため、縫い目は良く見えない。蛙の解剖と呼ばれるフィリピ
ンの手術だが、どの程度のスキルなのだろうか? まだ良くわからない。

■前妻への申し訳ない気持ち
今回、仕事が忙しい中、長時間病院にいた。迷わず病院へ付き添い、妻の回復を
待ち続けた。

前妻の時には、3人の息子の出産に立ち会ったことは一度もなかった。いつも
仕事を優先して、出産後、しばらく経ってから病院へ行った。

あの時には、それが経営者として正しいと信じていた。今、非常に申し訳ない
気持ちで一杯である。そういう私の間違った解釈の積み重ねが、彼女の信頼を失
墜したのだろう。

「俺を信じろ。」と言ったことは無かった気がする。

もう遅いな。「本当に申し訳ない。幸子。」

涙が自然に流れる。


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【編集後記】
会話は全て英語です。ここでは、日本語に翻訳して書いています。
H子さん、いつも心温まるメッセージありがとうございます。

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オカピー博士の夫婦ゼミナール(第63号)

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        オカピー博士の夫婦ゼミナール(第63号)

                         2009年10月26日発行
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続きです。

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■本当に目が覚めるのか?

13:20頃、手術が無事に終わり、回復室で寝ていることがわかり安心する。

その後、担当医の秘書と会計を済ませ、その際に、ビニールに入っている摘出
した部位を見せてもらう。ほぼ、うずら卵大の大きさである。弾力を調べると筋
肉の様な硬さであり、。脂肪よりも硬いし、かなり硬いと言われている癌ほど硬
くない気がする。
素人には、この判断はとても無理だろう。

14時になっても連絡がないので、再度ナースステーションへ聞きに行くと、
あと30分、最大でも1時間程度眠っているので待つように言われる。

15時になっても呼ばれない。妻の母も不安そうな顔である。妻の母に、
「もう一度聞いてきます。もしまだ眠っていても会わせてもらいます。」
そういうと、再度ナースステーションへ行った。

回復室の担当ナースが来て「まだ眠っています。」と言う。
私は「会わせてください。」と言う。
「回復室は患者さんだけしか入れません。」と言う。

「先ほど、最大で1時間と聞きました。既に15時で手術後2時間も経って
います。心配ですから、会わせてください。」と、勝手に自動ドアから入ろうと
すると、そのナースが「駄目です。患者さん以外は入れません。だったら、ここ
へすぐ連れてきてください。私が妻をチェックします。」と声を荒げてナースと
やり取りをする。他のナースも集まってくる。

そこへ手術を終えた別のかなり年配の女医さんが通りかかり、困ったナースは
その女医さんに相談する。今度はその女医さんと会話が始まった。

女医さん
「担当医から聞いていませんか? 2〜3時間後に睡眠から覚めます。
人によっては、5時間後の人もいます。」

私は
「そんなことはわかっています。でも、手術後2時間経っても全く覚めないのは
非常に不安を感じているのです。だから、今すぐ会わせてください。」
女医さんがさらにこれは異常ではないと説明する。
私は、
「そんなことはわかっているのです。ただ、私は妻と昨晩約束したのです。
万一目が覚めないことがあれば、私が絶対に目を覚まさせると。」
私もかなりの不安から、血相を変えているのを自分自身でも感じていた。

女医さんは担当ナースとタガログ語で会話する。

どんどん不安が増大する瞬間である。


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【編集後記】
会話は全て英語です。ここでは、日本語に翻訳して書いています。

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オカピー博士の夫婦ゼミナール(第62号)

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        オカピー博士の夫婦ゼミナール(第62号)

                         2009年10月25日発行
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続きです。

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■その幻想は何だ。

10月20日、レントゲン技師をリタイヤしてマニラに住む知人にコンタクトが
取れて、いろいろとアドバイスを頂いた。
彼は、レントゲン、そしてマンモグラフィーのエキスパートだった人。
彼は、なぜもっと検査しないのか。マンモグラフィーは必須だし、
組織(細胞の塊)をとってきて調べる生検などをして、ほぼ確定してから手術を
する方が良いと言った。
彼の意見は正論であることはわかりますが、ここフィリピンで精度の高い検査も
、検査結果を間違いなく見極めるスキルを持った医者もいない。
迷いながらも、私は手術を決行することに決めた。彼は、話の状況からは70%
は良性だと思うと言ってくれた。

少し安心した。

10月21日の夜、手術について、妻といろいろと話をした。彼女は介護士の
ライセンスを持ち、また看護士の中退ですので、医学知識は普通の人よりはある。
しこりのサイズが2センチとやや大きめのため、全身麻酔を行う。時々、
医療ミスではないのですが、目覚めないことがある。後遺症が残ることがある。
日本であるならば、そんなことであまり心配しないのですが、医療ミスが
日常茶飯事の国ですので、かなりの不安が頭をよぎります。
妻が「もし目覚めなかったらどうしょう。」と。

心配するな、「私が絶対目覚めさせるから。君の目覚める方法も知っているよ。」
と足の裏をくすぐりました。

「私を信頼しろ。」その言葉に嘘はありません。

「もし医者ができない手術でも、私は1ヶ月で知識を得て行える。絶対に君を死
なせない。」

10月22日。朝の4時に妻の母親が来ました。心配で心配でたまらない様子で
す。

なぜ、妻の家族がそんなに心配しているかを説明しなければなりません。今、
妻の18歳の妹を引き取って、英語教師になるべくトレーニングを行っています。
彼女が先日、田舎へ帰った時に家族に言ったそうです。私と妻が外出している時
に、妻がキッチンにいるのを見たと。帰宅したと思っていたが、しばらくしてか
ら私たちが帰宅した。フィリピンでは、生きている人の幻想を見ると、近いうち
にその人が死去するという話があります。実際に、身近でもその手のことが現実
に起きていると言います。

妻から乳癌の可能性のある話を聞いて、妹が声をあげて泣いていました。

その理由はそういうことだったのです。

9時半に病院に入りました。そして、予定時間の12時から手術が始まりました。
1時間の手術予定が13時を過ぎても何も連絡がありません。手術は無事に進行
しているのか、どんどん不安が頭をよぎり、座っていられずに病院の廊下をうろ
うろとしていました。

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【編集後記】
妻との会話は全て英語です。ここでは、日本語に翻訳して書いています。

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